北原永のブログです。
秋深し

 まつり工房も、最低気温1度という日があった。もうすぐ冬になる。

 

薪ストーブも毎日燃えている。

建物の周りには薪が積まれ、いよいよ冬支度が整った。

 

「ドド御祭」も最終稽古になり、あすは、八王子稽古に行ってくる。

Posted by : hisashimaturi | - | 00:54 | comments(0) | -
実りの秋2

10月の事を書こうと思って、いくつかネタを考えていたのだが、もう、11月も半ばになってしまった。遅ればせながら、楽しかった実りの10月のことを。

 

 今年は松茸が豊作だった。13日の工房まつり頃がちょうど時期なので、何人かからいただいた。ついでに、サンマを買って。おいしいお昼。

ここ、まつり工房の四季は、冬の雪も含めて好きなのだが、特に芽吹きの5月と、実りの10月は好きだ。まつり工房の窓から見る景色も最高だ。

 

 

 

 

 

Posted by : hisashimaturi | - | 01:46 | comments(0) | -
みのりの秋

10月は、大太坊麻生公演、工房まつり、陸前高田全国太鼓まつりと、大きなもようしが続きました。まつり工房にとっても、大太坊にとっても、実りの秋でした。

 

まずは、神奈川県麻生公演から

 

3年間ほど、本格的な公演活動をしてこなかったが、このチームは、やっとどこに出ても恥ずかしくないレベルになってきた。そういう意味で、ボクとしては、ホッとすることが出来た公演だった。来年からは、精力的に公演をすることになるので、皆さんよろしくお願いします。

 

今回の写真は、演目「ええじゃないか」のみですが。大太坊なかなか面白くなってきました。

Posted by : hisashimaturi | - | 00:00 | comments(0) | -
麻生公演

 久しぶりに大太坊が公演する。今年1回だけの本公演だ。場所は神奈川県麻生のホール。

 

大太坊は僕の大好きな3人娘が結婚を機に休会して、その後若い男が何人も入ったので、ボクのやる気は急激に落ちた。要するにやる気が減退したのだ。あと6日で本番を迎えるのに、いっこうにやる気が起きない。昨日は通し稽古だった。茜ちゃんが子供連れで食事の手伝いに来てくれた。朝倉さんも、裏方で手伝いに。僕のやる気に火がついた。

まあ、冷静に見れば、若手ががんばって、今までとは違うそれ以上の舞台の仕上がりが見えてきてはいるのだが。

面白いところがいっぱいある。

 

夕飯は、キノコ汁と、マツタケご飯。茜ちゃんたちが作ってくれた。

面白くなりそうな今回の舞台ではあります。

 

でも、あと数年で3人娘が復帰すればもっとすごいことになりそうなので、今からワクワクしています。

チケットはまだまだあります。見に来てね!!!!。

Posted by : hisashimaturi | - | 10:10 | comments(1) | -

9月23日、ボクの母が亡くなりました。

94歳。大正から昭和、平成を苦難と激動を生き抜いた母でした。喪主の仕事を終えホッと一息ついた今日です。語りたいことがいっぱいありますが、とりあえず喪主あいさつをアップします。

 

2018年9月26日 喪主あいさつ(次男北原永64才)静恵おばあさんの葬儀にて

 

本日は、お忙しい中,母静恵の葬儀においでくださいましてありがとうございます。
まずはじめに母の歩んできた道のりを簡単にお話させて下さい。

母は、大正13年、沢渡(伊那市西春近)に生まれました。その直後から母の苦難は始まります。生みの親は産後わずか半年で亡くなり、親戚にあずけられることとになります。母は人並み以上に気遣いが出来る人でした。それは、幼少期のこの環境の中で身についたものだろうと思います。それでも、育ての親は、強い愛情を持って育ててくれたのです。
尋常小学校卒業と同時に12歳で岡谷の製糸工場女工として6年間働きます。18歳で満州に渡り、満州鉄道事務員として2年間を過ごしました。母は、この時のことをよく話してくれました。楽しい思い出ばかりのまさに青春だったのでしょう。
しかし、時は戦争の只中です。急遽日本に帰らざるを得なくなり、好きな人とも別れを告げました。その後、満州にはロシア軍戦車部隊が侵攻し、その戦闘で、弟を失います。弟は享年20歳。数か月前に召集を受け、そのまま戦地に送られ、戦死したのは昭和20年8月14日、終戦前日でした。母は、「どんなことがあっても戦争だけはだめ」と、ことあるごとに私達子供に語っていました。

戦後、28歳で父、安一と結婚。貧乏の中4人の男の子を育ててくれました。4人ともわんぱくで、どれほど母に心配をかけたかわかりませんが、それぞれが自立した最近では、兄弟や孫ひ孫までそろって親族会を何度もやることが出来ました。少しは親孝行ができたかなと思っています。今ここにある遺影は、今年4月最後の親族会で焼津に行った時のもので、海を見ている母の表情を写したものです。

一緒に暮らしていて、人の悪口を言う母を一度も見たことがありません、芯が強く、そのうえ、やさしさにあふれ、見事な人生を生き抜いた母は、94年間動き続けた心臓が「トン」と止まってしまいました。母と同じ人生を生きることはできませんが、この母から学び、親族一同これからも精進していきたいと思います。
本日は本当にありがとうございました。

 

 


 

Posted by : hisashimaturi | - | 00:46 | comments(0) | -
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